2021年11月5日金曜日

創立記念式

 本日11月5日、本校74回目の創立記念式を行いました。マスクをしたままでしたが、 久しぶりに全校生で校歌を歌いました。(昨年度学校が始まってから今日までは、全校生で校歌を歌うことを控えてきました)









『真実』に生きる

 本校は昭和22年5月3日(新憲法施行の日)に米沢市立第一中学校として産声をあげました。(在籍生徒数1510名)その当時、旧米沢市には第一中学校と第二中学校の2校しかありませんでした。それから74年間、第一中学校は輝かしい伝統と歴史を刻んできました。学校の歴史は人の歴史です。そこで過ごした人たちの心が学校の歴史となります。

歴史をひも解くとそこには必ず人の思いがあります。今日は、皆さんがよく知っている『自由の快翼を張り 責任の重荷を負う』の言葉を送ってくださった、安倍能成氏のことについて、本校初代校長日野照彦先生が創立20周年に寄せた文章からお話をします。

たしか昭和23年の春であったと思う。安倍先生は私の懇請を入れられてわざわざ米沢に来られ、米沢一中で御講演をいただいた。全校職員生徒、PTAの方々も加えて先生の1時間に及ぶお話に身も心も引き締まるを覚えたのである。その後、先生から贈られた

『張自由之快翼 負責任之重荷  敗戦第四春 安倍能成』

の書は、その講演の要旨を僅か二句にまとめられたものである。私はこの書を戴いて心を打たれたのは、墨痕あざやかな雄渾な文言とともに、敗戦第四春の語句であった。当時日本では敗戦という言葉を避け、終戦という言葉を使い、占領といわず進駐というのが一般であった。しかるに戦後、昭和21年文部大臣となり、当時学習院長であられる先生が、敢えて「敗戦」という文字を使われたことは、このころの言葉で言えば、私は大いにショックであったのである。私はこう思った。敗戦はまぎれもなき事実である。事実を事実として直視、正視するところに真の反省が生まれ、再起の自奮自励が生まれる。敗戦を終戦、占領を進駐という、これには自己欺瞞、自分粉飾がある。端的に言えば「ほんとう」でないのである。米沢一中における安倍先生の御講演も、敗戦の真実を語られ、若き世代の生徒諸君に真実に生きることを望まれたのであった。(以下略)

現在の一中でも「一中プライド」=「一中だからできること」「一中でしかできないこと」として、真実を大切にしながら自律を目指して学校生活を送っています。74年の節目に、もう一度創立当時の安倍能成氏の思いを知り、一中生としてのプライドをもって生活していきましょう。